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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)2404号 判決 1954年4月06日

原告 山本安次郎

右代理人 大森常次郎

被告 内藤達也

<外三名>

右代理人 高原順吉

主文

原告に対し

被告内藤達也は布施市永和一丁目六六番地上木造瓦葺二階建アパート二階第十七号室を明渡し且金参千参百七拾九円拾六銭及び昭和二十六年六月一日より右明渡済に至るまで一ヶ月金五百八拾参円八拾八銭の割合による金員を

被告中西政有は前記アパート二階第二十号室を明渡し金参千四百六拾九円拾六銭及び昭和二十六年六月一日から右明渡済に至るまで一ヶ月金五百九拾参円八拾八銭の割合による金員を

夫々支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告と被告西塙元治、同植木豊との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告内藤達也、同中西政有との間に生じたものは同被告等の負担とする。

この判決は勝訴の部分に限り原告において被告内藤達也、同中西政有のため夫々貸室の明渡を求める部分について壱万五千円、金員の支払を求める部分について金七千五百円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

理由

一、被告内藤に対する請求について。

被告内藤が原告主張の本件アパート二階第十七号室を原告より賃借し、他人(口頭弁論終結当時は訴外長尾五郎八)を居住させ、占有していることはその自認するところである。被告は室料の値上の通告を受けたことを否認し、且その額を争うので案ずるに、その成立につきいづれも争のない甲第一号証の一、二、第四、第五号証、乙第一号証の一、二、第二号証の各記載に証人寺石万次郎の証言を綜合するときは、本件アパートの各室(四畳半二十室)の室料は昭和二十五年八月分よりそれまでの一ヶ月金二百六十三円二十五銭の二、一八倍即ち金五百七十三円八十八銭に増額され、その頃居住者に通告され被告に対しては宿泊料金拾円を加算して一ヶ月金五百八十三円八十八銭となつたことが認定せられる。右認定を覆す資料はない。而して原告は被告が昭和二十五年八月分の室料追加金三百十円八十八銭、昭和二十六年五月分迄室料合計金五千五百六十五円八十八銭の内金三千三百七十九円十六銭の支払を延滞したことを理由として、昭和二十六年五月十九日被告に対し三日以内に右延滞金を支払うよう催告し、支払はないときは本件賃貸借を解除する旨意思表示を為したことは被告の自認するところであり、右期間内に被告が右延滞室料を支払はなかつたことは弁論の全趣旨に微しこれを認めることができる。従つて他に特段の事由のない限り本件賃貸借契約は同月二十二日限り、解除により終了したものというべきである。そこで右解除を無効なりと主張する被告の抗弁につき以下順次検討する。

(イ)  共同使用箇所の修繕不履行の抗弁について。

アパートの居室賃借人はその専用の居室に雨漏りその他破損がなくても、共用部分(炊事場、便所、洗面所、室外廊下等)に破損があるときは、各自又は共同(申合せ)で、賃貸人に対し修繕を要求し、且容れられないときは、その破損の程度に応じ、各自その賃料の相当な部分の支払を拒絶し得るものと解すべきであるが、賃貸人の修繕義務については、終戦後に経験されたように、強度の家賃の抑制が行はれている場合には、それに比例して軽減されると解すべきところ、本件については、その成立につき争のない甲第四、五号証、同第七乃至第十二号証(乙第八号証と同一の検証調書)乙第一号証の一、二、同第二号証の各記載と証人瀬川熊次郎、同粟津竹松、同山本イヨ、同西林忠一の各証言、原告及被告内藤同中西の各供述を綜合するときは次の事実が認定せられる。即ち戦時中からの惰性で本件アパートそのものが全般的にいたんで居り、殊に炊事場、便所等は相当破損しているのであるが、それでも尚大阪府下における中級アパートと目されるのであり、昭和二十五年九月のジヱーン台風の前後に、原告は訴外瀬川熊次郎をして破損箇所の修理をさせて居るのであり、当時の諸状勢の下において本件アパート賃借人としてはその居住使用には差支なく、充分でなくても我慢すべきものであつたと認められるに拘らず、同年八月より本件アパートの室料の認可価格が、一躍二、一八倍に増額せられたことを快しとしない一部居住者が、その頃原告が本件アパートの管理をしていた訴外岡島ヤスヱを解約し、その代りの者を置かなかつたこと、ジヱーン台風による被害があつたこと等を捉えて、増額された室料の支払を拒否しようと考え、被告内藤、同中西を含むその他の本件アパート賃借人を語らい、殊更に原告に対し要求を為すに至つたものと推認せられる節があり、以来経営者と居住者との感情の疏隔を来していることは遺憾である。尤も証人宇田竹次郎の証言及右証言によつてその成立の認められる乙第六号証の一、二によれば、昭和二十五年十二月頃訴外宇田竹次郎が本件アパートの居住者から依頼を受けて本件アパートの雨漏りにつき修繕を加えたことは認められるが、これとても原告が修繕しようとしなかつたことに基づくものでないことは証人山本イヨの証言及その成立につき争のない甲第九号証の二の記載に微し認められるのであるから、当裁判所としては前記認定の被告内藤の室料の一部(大体値上額に相当)支払拒否が、仮令被告主張のように本件アパートの他の居住者との申合せに基づくものとしても、これを正当のものとは考えない。

尤も弁論の全趣旨により明かにされたところによると、原告の本件アパートの修繕乃至管理は不充分たるを免れないが、何分本件係争は発生以来既に三、四年を経過して居り、その間における物価の高騰、固定資産税の大幅の増額(当裁判所に顕著である)を考慮するときは、居住者の相当数の者と係争中の原告としては室料も支払つて貰えず、このことは延いては本件アパートの管理乃至修繕に熱意を失う結果になるのであるから、居住者達も反省し、速に経営者と握手し互に住みよくすることに努力すべきである。

尚被告は被告の居室が今尚雨漏りがある旨抗争するけれども、被告の全立証を以てしても、原告の前記本件賃貸借解除前に原告が被告の室料支払拒否を正当付けるような雨漏りの修繕をしなかつたものと認めることはできない。仍つて当裁判所は以上説示のとおり原告の修繕不履行を理由とする被告の抗弁を採用しない。

(ロ)  管理人欠缺の抗弁について。

被告はアパートには管理人を置くこと法規上の要件であると主張するも、そのような法規はない、尤もアパートの室料認可の基準に管理費なるものがあることは前記乙第二号証の記載及証人西林忠一の証言によつて認められるが、同証言によつても明かな如く、アパートの管理のためには必しも専任の管理人を置くことを要するものでなく、経営者自ら又はその家族によつて管理するも可なりである。本件アパートについては証人山本イヨの証言及原告の供述によれば、本件アパートに居住していた訴外岡島ヤスヱをして室料の取立、その他玄関番の如き所謂管理行為をさせていたが、同人に不都合ができたので、解任し、その後これに代るべきものを置いていないことは認められるが、本件アパートは前記の如く二十室(一室四畳半)の比較的小さいアパートであるから、原告やその妻において時折見廻つて居ると見られる本件においては、居住者等が互助の精神を以て対処すれば、用事も相当捌ける筈で、前記岡島ヤスヱに代るべき管理人を置くことは極めて望ましいことであるが、この一事を以て被告主張の管理費相当部分の支払を拒否することは仮令居住者の申合せに基づくものとしても、これを正当のものとは考えられない。

以上認定の如く被告の室料値上部分乃至管理費部分の支払拒否が正当でない以上、原告の被告に為した前記契約解除は有効であり、本件賃貸借契約は昭和二十六年五月二十二日限り解除により終了したものというべきである。

(ハ)  権利金返還請求権に基づく留置権の抗弁について。

原告が被告に本件貸室を賃貸するに際り被告から金一万五千円の交付を受けたことは、自認するところであるが、その性質について争うので、この点につき、考察するに、その成立につき争のない甲第十一号証の二、弁論の全趣旨によりその成立の認められる乙第三号証の各記載に被告内藤の供述を綜合するときは、原告が被告内藤に本件アパートの貸室を賃貸するに際り、受領した右金員は原告主張のように単なる贈与金ではなくして、家屋の賃貸借に際し賃貸人と賃借人との間に授受せられる所謂権利金であると認めるのが相当である。甲第三号証及乙第七号証の各記載及原告の供述は右認定を妨げない。他に右認定を覆す証拠はない。而して本件の如きアパートの居室の賃貸借において賃貸人が賃借人より権利金を受領することは地代家賃統制令の禁止するところであり、従つて権利金の交付は不法原因給付と目すべきである。ところで賃借人が賃貸借終了の際賃貸人に交付して置いた権利金については、不法の原因が賃貸人にのみ存するものとして、賃借人はこれが返還を請求し得ると解する説あるも、賃貸人が要求した場合は兎も角、前示証拠によれば、本件の場合においては、賃借人たる被告自ら進んで土産名義に原告に交付したものであることが認められるのであつて、、権利金の交付につき不法の原因が賃貸人たる原告のみにあるものとは解することはできないから、被告は原告に対しこれが返還を請求し得ないものというべく、従つて当裁判所はこの点に関する被告の抗弁を採用しない。

(ニ)  結論

以上説示のとおり被告内藤は原告に対し主文掲記の居室を明渡し且原告主張の延滞室料及室料相当の損害金を支払うべきところ、被告が延滞室料五千五百六十五円八十銭中内金二千百八十六円六十四銭を供託したことは原告の自認するところであるから、仮りに原告主張のように、被告において右供託分についての供託書を送付していないとしても、供託によつて弁済の効果が発生するのであるから原告請求の延滞室料被告の供託した右金額を求める部分は失当である。

二、被告西塙に対する請求について。

証人山本イヨの証言及被告内藤の供述を綜合するときは、被告西塙は昭和二十七年七、八月頃に原告主張の居室(被告内藤の賃借した居室)を退去し、その後右居室を占有していないことが認められるから、同被告に対する原告の本訴請求は到底認容するに由ないから棄却を免れない。

三、被告中西に対する請求について。

被告中西が原告主張のアパート二階第二十号室を原告より賃借したことは当事者間に争がない。被告は室料の値上の通告を受けたことを否認し、且その額を争うので、この点につき考察するに本件アパートの各室の室料が昭和二十五年八月分より一ヶ月金五百五十三円八十八銭に増額されたことは既に被告内藤に対する請求についての理由で判断したとおりであり、右事実とその成立につき争のない甲第二号証の一、二とを綜合すれば被告中西の分については、右金額に室泊料金二十円を加算して一ヶ月金五百九十三円八十八銭となつたことが認定せられる。右認定を覆す資料はない。而して原告は被告中西が昭和二十五年八月分の室料追加金三百十円八十八銭、昭和二十六年五月分迄合計金五千六百五十五円八十銭の内金三千四百六十九円十六銭の支払を延滞したことを理由として、昭和二十六年五月十九日被告中西に対し三日以内に右延滞金を支払うよう催告し、支払はないときは、本件賃貸借を解除する旨意思表示を為したことは被告の自認するところであり、右期間内に被告中西が右延滞室料を支払はなかつたことは弁論の全趣旨に微しこれを認めることができる。従つて他に特段の事由のない限り本件賃貸借契約は同月二十二日限り解除により終了したものというべきである。ところでこの点に関する被告中西の抗弁については被告内藤に対する請求の理由(イ、ロ)において判断したと同一の理由により、これを採用し難い。

従つて被告中西は本件居室を原告に返還すべき義務がある訳であるが、被告は右居室を最早使用していない旨主張するけれども、被告中西の供述によつては被告中西において右居室を原告に明渡し返還したことを認めるに足らないし、却つて証人山本イヨの証言によればこれを返還していないものと認定するを相当とする。従つて同被告の、右主張は採用し難い。

尚被告中西は原告に対し原告主張の延滞室料及室料相当の損害金を支払うべき義務がある訳であるが、被告が延滞室料五千六百五十五円八十銭の内金二千百八十六円六十四銭を供託したことは原告の自認するところであるから、原告請求の延滞室料中右供託金額を求める部分の失当なことは既に被告内藤に対する請求の理由において判断したとおりである。

四、被告植木に対する請求について。

被告中西、同植木の各供述によれば、被告植木は遅くとも昭和二十七年九月には原告主張の居室(被告中西の賃借した居室)より退去し、現在本件居室を占有していないことが認められるから、原告の同被告に対する本訴請求は失当として棄却すべきものである。

仍つて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を夫々適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 庄田秀麿)

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